1872年の日本では、暦の上で大きな飛び越しが起きた。明治5年12月2日の翌日は、同じ暦の12月3日ではなく、明治6年1月1日とされたのだ。
それまでの日本は月の満ち欠けを基に季節のずれを調整する太陰太陽暦を採用していた。政府がグレゴリオ暦を導入したことで、旧暦の明治5年12月3日に当たる日を、新暦1873年1月1日として扱うことになった。
国立国会図書館が紹介する当時の日記には、旧暦の最後の日や、新しい太陽暦を使い始めた日の記述が残っている。毎日当たり前にめくるカレンダーも、実は社会が決めたルールなのだ。